タイムスリップよこはま 〜TIME SLIP YOKOHAMA〜
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旧 市外電話局
昭和4年頃の市外電話局
NTT-BTI所蔵
旧 市外電話局(横浜都市発展記念館)
現在の旧 市外電話局。現在は横浜都市発展記念館となっている。

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歴史
 日本大通りのすぐ近くにある、横浜市外電話局の工事が始まったのは大正時代の事であり、その名称は横浜中央電話局というものだった。設計にあたったのは、当時多くの建築家が所属していた逓信省であり、完成すれば様式建築の要素を残しながらも特徴的な細部意匠を施すなど新たな脱皮を図ろうとするものだったとされている。しかし、竣工も近い1923年(大正12年)に関東大震災で多大な損害を被り、その結果、工事は再開されるに至らず、後に全く新たなデザインで再建された。その新局舎の設計を行ったのは横浜出身の中山広吉という技師だった。モノクロの写真が中山広吉の設計によって1929年(昭和4年)5月13日に竣工した新局舎である。構造は地上4階、地下1階の造りで、交換手の休憩室などもあった。外壁が濃茶色のタイル貼りで、全体的に堅実さを醸し出しつつも、2階から4階にかけての柱型や水平に走る石の装飾帯に古典主義の構成が見られ、昭和戦前期における逓信省特有の意匠が感じられる。戦後は長きに渡り、電話局としてその機能をフルに発揮していたが、後年NTTの移転により横浜市が保存し、市の施設として活用する運びとなった。カラー写真が現在の旧横浜市外電話局である。今は、横浜の都市としての発展に関する歴史的資料や展示物を数多く所有する、横浜都市発展記念館となっている。その内容の充実ぶりは横浜開港資料館や県立歴史博物館と肩を並べると言って良いだろう。建物の修復に際しては外観をできる限りそのままの形で現存しているため、当時の面影を色濃く残しており、外壁を見るだけでも、その歴史を肌で感じる事ができる。尚、この横浜都市発展記念館の建物は、平成12年度に横浜市認定歴史的建造物となっている。
 
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