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北方小学校小学校の敷地内にある
交通手段:JR京浜東北線・根岸線 石川町駅(元町口) より徒歩20分 |
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1869年(明治2年)、山手居留地46番にて、ローゼンフェルトが開業した。居留地の外国人向けに、日本初のビール醸造所「ジャパン・ヨコハマ・ブルワリー」が開始し、5年程操業した。
1870年(明治3年)には、横浜・山手の外国人居留地123番にウィリアム・コープランドが、ビール醸造所「スプリング・バレー・ブルワリー」、コープランドの醸造所の敷地では、コープランドの廃業後もビール醸造が継続され、麒麟麦酒株式会社へとつながり、コープランドは自身の持つビール醸造の知識と技術をより多くの日本人へ積極的に伝授した。
コープランドの特徴は、なかなか商売上手なところである。よさそうなところへ出資し、経営参加をして、お金をつくっては、自分の商売も考える。日本人のビール工場がチラホラとできつつあった頃には、ビール醸造用品を販売していたのである。ビールの熟成に適したよい地下もあった。今でも「ビール井戸」が横浜市北方小学校に残されている。
この地が、キリンビールの発祥の地であることを記念して、1937年(昭和12年) 、キリン公園に「麒麟麦酒開源記念碑(日本の麦酒発祥の地)」が立っている。
<ウィリアム・コープランド>
1864年(元治元年)に来日し、天沼の地(現在の中区千代崎町・諏訪町近辺)で良質な硬水を発見し、ここの水はビールの醸造に適しているため、遠路から取り寄せなくても国内で醸造できると考え、天沼に醸造所を設立した。 |
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