紀元前5200年頃から、ボウリングに似たゲームとして親しまれていた遊びがボウリングである。
その後、当時は単純なゲームや宗教的な儀式であったが、
宗教革命で有名なマルティン・ルターが9本のピンをダイヤ型に並べるナインピンズ・ボウリング方法を考え出した事がきっかけに、
ヨーロッパ中にスポーツ的要素もちつつ、広がっていく。
ボウリングはヨーロッパの人々とともに海を渡り、
アメリカでギャンブルとして用いられた時期もあったが、
ピンも10本にふえ、スポーツとして、定着していった。
1861年(文久元年)6月22日、日本で最初にボウリングが伝わったのは長崎である。
当時長崎で発行された社交サロン店主ヘンリーギブソンが新装開店を告知した広告に記録が残っている。
これが日本で最初のボウリング場である。ボウリング場はスナックバー風の設備も整っていて、
外国人たちの社交の場とレクリェーションの場となっていたのである。
現在、これを記念して、6月22日が「ボウリングの日」とされている。
2番目にボウリング場ができたのは、3年後の1864年(元治元年)、横浜である。
今現在、開港当時外国人居留地であったフランス山公園に石碑がある。
これは平成7年に、横浜初としての「横浜ボウリング発祥の碑」が建てられた。
[碑文]
横浜ボウリング発祥の碑
1864(元治元年)
1864年(元治元年)横浜外国人居留地内に
長崎に次ぎボウリングサロンを開場した記録がある
THE JAPAN HERALD NO.115 MAY 7TH 1864
ここに横浜ボウリング発祥の碑を建立する
平成7年10月26日
神奈川県ボウリング場協会
神奈川県ボウリング連盟
神奈川県ボウラーズ連盟
全国実業団ボウリング連盟
神奈川県連合会 |
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